宮廷馬術の歴史 3
当時、さまざまなゲームはなにほどか見捨てられ、その宗教的役割や社会的凝集という機能も、おそらくは目減りし、代わりに教育的な訓練が求められました。
1762年、ジュネーヴの医師バレクセールは、『誕生時から思春期までの子供の身体教育論』を刊行していますが・・・
どうやら身体教育という用語はそこで初めて用いられたようですね。
しかし、バレクセールは、いったいに体操と呼ばれるものと並んで、各種のゲーム、そしてむろん馬術やフェンシングをも推奨しています。
さらに、クレモン・ジョゼフ・ティソは、『内科的かつ外科的体育』を刊行しています(1780年)。
そこで彼は、治療のために、ペルメル遊びやポーム、ビリヤードなどのゲームを用いるよう勧めているのです。
イギリスでは、いち早い工業化や植民地の拡大、商業の発達といった現象に起因する富裕階層の増大に伴って、賭けに対する関心がかなり高まりました。
さまざまな偉業が賭けの対象となりましたが、こうした熱狂はすでに17世紀にみられました。
ジョン・レプトンのパフォーマンスが、それを如実に示しています。